かの有名な千利休とともに、天下統一の時代の名立たる武将たちに仕えた茶人、津田宗及(つだそうきゅう)。彼の茶人としての活動は、そのあとの茶の湯文化に大きな影響を与えました。
本記事では「津田宗及(つだそうきゅう)」をご紹介します。
津田宗及(つだそうきゅう)とはどんな人物?

津田宗及とは、大阪の堺出身の豪商(ごうしょう)で茶人です。読み方は「つだそうきゅう」が一般的ですが、「つだそうぎゅう」と読む場合もあるようです。正確な生年月日は不明ですが、亡くなったのが1591年といわれているので、主に安土桃山時代を生きた人物です。
宗及の生まれた家は、大阪堺にある天王寺屋という屋号の豪商でした。豪商とは、大きな資本を持ち、大規模な商売を行う商人のこと。天王寺屋も大阪では有名な大商人でした。天王寺屋の津田宗達(つだそうたつ)は、商人であり茶人でもありました。宗達の息子が宗及で、彼も父親と同じく商人かつ茶人だったのです。
父からお茶を学んだ宗及は次第に茶人として頭角を現し、のちに天下三宗匠(てんかさんそうしょう)の1人としても活躍することになります。
津田宗及も数えられた天下三宗匠(てんかさんそうしょう)とは?
天下三宗匠(てんかさんそうしょう)とは、下記3人の茶人のことです。
・今井宗久(いまいそうきゅう)
・津田宗及(つだそうきゅう)
宗及だけではなく、千利休も今井宗久も同じく大阪堺の茶人で、3名は織田信長と豊臣秀吉に茶頭として仕えました。
1587年(天正15年)10月には、秀吉の命により、北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)という大きなお茶会が行なわれました。このお茶会を取り仕切ったのも天下三宗匠の3人です。

『津田宗及茶湯日記』について
『津田宗及茶湯日記』とは、茶会の記録集です。
宗及の父の宗達、宗及の息子の宗凡(そうぼん)と、津田家3代によるお茶会の記録が記されています。お茶会が行なわれた場所や人数、使われた茶器などについて丁寧に記されており、当時のお茶会の様子がイメージできる貴重な記録集です。
もともとは『津田宗及茶湯日記』という名前でしたが、のちに『茶道古典全集』という書物に収録されることになり、その際に津田家の屋号の天王寺屋を冠した『天王寺屋会記』へと名前が変わりました。
津田宗及(つだそうきゅう)と各人物との関係について

宗及とゆかりのある人物との関係を、それぞれ簡単に解説します。
今井宗久(いまいそうきゅう)
今井宗久は前述の天下三宗匠の1人で、宗及と一緒に織田信長、そのあと豊臣秀吉に茶頭として仕えました。今井宗久も宗及と同じく、大阪堺の豪商でした。
武野紹鴎(たけのじょうおう)
宗及の父である宗達は、武野紹鴎の弟子としてお茶を学びました。
武野は「わび茶」を作り出した村田珠光(むらたじゅこう)という茶人の孫弟子で、村田からわび茶の精神を受け継ぎ、さらなる発展に貢献しました。わび茶では、飾り気のない質素なもののなかにこそ美が宿ると考えられており、小さく装飾のない茶室や、地味な茶道具や着物などが重要視されました。
宗達が武野より学んだ茶の湯が、息子の宗及にも受け継がれたのです。
千利休
千利休も天下三宗匠の1人で、宗及と今井宗久とともに織田信長と豊臣秀吉に仕えました。千利休は武野紹鴎の弟子でもあり、武野が村田から受け継いだわび茶を完成させたことでも知られています。
織田信長・豊臣秀吉
宗及は、茶頭として、千利休・今井宗久とともに織田信長に仕えました。宗及は大阪堺の会合衆(えごうしゅう)、つまり自治組織のリーダー的な存在でした。信長が堺に対して軍用金を要求した際に、仲介して信長側についたといわれています。そこから宗及と信長の交流が始まったようです。
信長が亡きあとは、信長の家臣であった豊臣秀吉に仕え、引き続き茶頭として活躍しました。
津田宗及(つだそうきゅう)が茶の湯文化に与えた影響

宗及が茶頭として活躍した安土桃山時代は、信長や秀吉が天下統一を進めていたまさに激動の時代でした。
当時のお茶会(茶の湯)といえば、現在のような憩いの場ではなく、武士などが自分の権力を誇示するための政治的な場でした。信長や秀吉も宗及たちにお茶会を取り仕切らせ、自分たちの所持する豪華な茶道具などを見せて、それだけの力があることを参加者に誇示したと考えられています。
さらに秀吉は、宗及たちに北野大茶湯を開催させました。京都の北野天満宮エリア一体で行なわれたこの大規模なお茶会では、それまでは上流社会の人だけで楽しんでいた茶の湯を、一般市民でも楽しめるように企画されました。
宗及の茶人としての活動は、天下統一の時代における政治的なお茶会の活動を支え、さらにお茶会を一般市民にも普及させる点でも一翼を担ったといえます。
津田宗及(つだそうきゅう)の子孫について

宗及の子孫について、何名かピックアップしてご紹介します。
津田宗凡(つだそうぼん)
津田宗凡(つだそうぼん)は、宗及の長男です。宗凡は宗及からお茶を学び、宗及と同じく茶頭として豊臣秀吉に仕えました。
江月宗玩(こうげつそうがん)
江月宗玩(こうげつそうがん)は宗及の次男で、上記の宗凡の弟にあたります。臨済宗大徳寺派の僧侶で、京都市北区にある大徳寺の中に、龍光院(りょうこういん)という塔頭を建立しました。
宗玩もまた、父の宗及よりお茶の知識を受け継いでお茶をたしなみ、小堀遠州(こぼりえんしゅう)などの著名な茶人たちとも親交があったといわれています。
翠巌宗珉(すいがんそうみん)
翠巌宗珉(すいがんそうみん)は、宗及の娘である南窓栄薫の息子です。宗及の孫にあたります。
宗珉も、おじの宗玩と同じく大徳寺の僧侶となりました。
山年園で販売している抹茶について
宗及も大きく貢献して今日まで受け継がれている茶の湯文化。お茶会やご自宅で美味しく楽しんでいただける美味しい抹茶を、当社では取り揃えています。
有機抹茶(袋)
| 商品名 | 有機抹茶 |
| 商品区分 | 食品・飲料 |
| 内容量 | 30g |
| 原材料名 | 有機抹茶 |
| 原産地 | 日本産 静岡県 |
| 使用方法 | お茶、ケーキ、お菓子作りなど、様々な用途で扱えます。 少量でも抹茶の風味・香りが強いので、少しづつ使用することをおススメします。 |
| 使用上の注意 | 開封後はお早めに召し上がりください。 |
| 保存方法 | 常温保管してください。高温多湿、直射日光は避けて保管してください。 |
| 賞味期限 | 製造日より約7ヶ月 |
| 販売事業者名 | 有限会社山年園 〒170-0002 東京都豊島区巣鴨3-34-1 |
| 店長の一言 | 老舗のお茶屋が自信を持ってオススメする最高級なお抹茶です(^-^) |
丘辺の花
| 商品名 | 抹茶 |
| 商品区分 | 食品・飲料 |
| 内容量 | 20g |
| 原材料名 | 緑茶(日本) |
| 賞味期限 | 製造日より約5ヶ月 |
| 保存方法 | 高温・多湿を避けて移り香にご注意ください。 |
| 使用上の注意 | 抹茶は鮮度が大切です。開封後はお早めにお飲みください。 |
| 製造者 | 株式会社 銘葉 静岡県藤枝市水守2-5-9 |
| 販売者 | 有限会社山年園 〒170-0002 東京都豊島区巣鴨3-34-1 |
| 店長の一言 | 霧の香り漂う玉露茶園に囲まれた山間の静岡県藤枝市岡部町産の碾茶を使用しました。 老舗のお茶屋がこだわり抜いた抹茶を是非ご賞味ください(^-^)/ |
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